violaの日記

アラフォーシングル女子violaです。マイペースが身上です。

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震災と宮沢賢治

先日、「宮沢章二」と「宮沢賢治」を間違えて本を借りてしまった私・・・。

でも、間違えたとはいえ、せっかく借りた宮沢賢治の詩集のおかげで
初めて知った驚きの事実を、以下に紹介します。

▼宮沢賢治
miyazawakenji.jpg

1.
宮沢賢治は、1896年、現在の岩手県花巻市で生まれた。
生まれる2ヶ月前に「三陸地震」とその津波被害が、さらに生後5日目には
「陸羽地震」がおき、花巻市は大変な状況だった。

2.
裕福な家の生まれだったが、地震の被害に遭った貧しい人たちの
悲惨な姿を目にして育ち、それが彼の生き方や作品に大きな影響を
与えているといわれている。

3.
1933年に「三陸沖地震」がおき、被害に遭う。
友人からの見舞いの手紙に、津波の被害について
「海岸は実に悲惨です」と返事を出している。
この年、急性肺炎で亡くなった。



東北で起きた過去の大地震は、
宮沢賢治が「生まれた年」と「亡くなった年」におきたんです!


なんという・・・これは偶然と言っていいんでしょうかね。
そして、地震の被害にあって大変な状況だった農業を立て直すため、
勉強、研究、指導に頑張り、その無理がたたって亡くなっていたんです。

こんなに地震に深い関わりのある人だったとは・・・。
初めて知りました。

地震の恐ろしさと被害の深刻さを目の前にして、
何かしなくちゃ!と思った、宮沢賢治のその気持ち。
時代は違っても今の私たちと思いは同じです。

「雨ニモマケズ」もそう思って読むと、
宮沢賢治をぐ~っと身近に感じました。


『雨ニモマケズ』

雨ニモマケズ
風ニモマケズ

雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ

慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラツテイル

一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ

アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ

野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萱ブキ小屋ニイテ

東ニ病気ノ子供アレバ
行ツテ看病シテヤリ

西ニ疲レタ母アレバ
行ツテソノ稲ノ束ヲ負ヒ

南ニ死ニソウナ人アレバ
行ツテコハガラナクテモイヽトイヒ

北ニケンクワヤソシヨウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ

ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ

ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ

サウイウモノニ

ワタシハナリタイ



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